米談義

2023-05-01

愛知県 あいちのかおり

大学の新学期が始まり、斜光を浴びる登校が続く。朝の寂間を割いていく。キャンパスには留学生の姿も多い。コロナに始まった自分の学生生活もようやく彩りを持ち始めた。

3限まで授業を受けた後、大学の書籍部へ足を運ぶ。特に買いたい本もなかったが、良い出会いはふと訪れるもの。

空調の機械音と、檜の匂い。最低限の灯りと、仄暗い色相のゴシック建築。古びた建物の分かりにくいドアから入ると真っ先に『東大で一番読まれた本』と銘打つ本がワゴンいっぱいに並べられている。手に取り数ページめくる。なるほど面白そうだ。

そうして数冊の本を品定めし、架空の買い物籠に入れつつ奥へ進むと洋書コーナーへ行き当たった。

かの『風立ちぬ』の著者堀辰雄は、プルーストの大長編『失われた時を求めて』をノートに書き写しながら丁寧に読み進め、ついに読み終わることなくその生涯を終えた。それほど劇的な読書をするつもりはないが、原書にはそれほどの魅力がある。原文からしか感じられない味わいがある。

結局、架空の買い物籠の中身は全て書棚に戻しホーキング博士の『Will Artificial Inteligence Outsmart Us?』を購入した。頁数は63pと短いが、Chat GPTが人口に膾炙しつつある今読む意味は大きいと判断した。

満足の行く買い物ができ、腹が減っていることに気づく。

今日も米を炊こう。

それも土鍋で。

大学から自宅までは徒歩圏内で、15分も歩けば着く。家に着くなり、鞄を置くのももどかしく手洗いとうがいを済ませすぐに浸水の支度をする。ボウルに移す時、跳ね回る米から甘い香りを感じた。

最近得た知見だが、甘い香りとは甘かった時の記憶であるらしい。

バニラビーン自体は甘くないのにバニラ香を嗅ぐと甘いと認識してしまうのは、その香りを嗅ぐときにはいつも甘い何かを口にしているからで、おこんの美味しいお米を炊き続けるうちに、どうやら炊く前の米からさえ甘さを感じる体質になっていた。

冷蔵庫内を物色し、キャベツと豚肉で回鍋肉を作ることにした。しかし料理中は口が寂しくなるもので、せっかくなのでと米焼酎のしろを飲みながら料理する。余っていたチーズと共に口に入れるが、米の甘みとチーズの食感、塩気の相性に思わず舌鼓。

一口大に切ったキャベツと豚肉を甜麺醤、豆板醤、鶏ガラに醤油酒などを入れて炒めるだけだが、しろとチーズを口に運びながら豆板醤を作っている間に浸水の時間は終わっていた。

あとは土鍋に米を移し12分のタイマーをセットして火にかけ、タイマーが終わると火を止め、再度12分タオルをかけ蒸らす。この手間さえ楽しい。買った洋書を読みながら待ったが内容は頭に入ってこなかった。

炊き上がるといつにも増してせかせか食卓を準備し、いただきますと呟く。

まずは米だけとあいちのかおりを口に入れると、顎が驚かされる。凄まじい噛み応えで、何度も顎を動かしたくなる。そして舌先で鼻で先に味わっていた甘さを確認する。ガツンとした甘みでなく、のちに舌奥で感じる米特有の複雑な味わいとのバランスがとれたオールマイティーな米だ。

バランスのとれた味わいと食感のパワーはどんな料理にも合いつつ主張を忘れない。少し多めに入れた豆板醤らの辛さに負けることなく、また回鍋肉の食感に勝るとも劣らず、口の中でどっしり腰を据えて僕を楽しませた。

気合の入った料理の際には座右に置いておきたい米である。

そんなあいちのかおりは愛知の希少米「ハツシモ」と「コシヒカリ」の系統「ミネノアサヒ」を交配して誕生した、愛知県を代表する米の品種で、ミネアサヒから受け継いでいる粘りによって、冷めてもおいしく食べられるのが特徴的。香るように芳醇な味という、そのおいしさに対する形容から命名したそうだ。
作っているのは羽佐田トラクターの羽佐田辰雄さん。有機質肥料と環境に配慮した農薬使用で作物の持つ力を整える土作りを重視し、様々な機械や技術を組み合わせ安定した品質の農産物の生産を行っている。彼の賞歴は華々しく、令和2年度炊飯・米飯商品米国際コンテストにて大賞受賞し、同時にタレもの大賞、特Aランクも受賞したそう。さらには安全なお米の証「愛知県認証GAP」を愛知県農家団体で初受賞し、愛知一の農家と言っても過言ではないだろう。

堀辰雄と羽佐田辰雄。

分野は違えど、今日この日この二方から感じ取ったエネルギーは、明日からも続く講義生活に邁進するには十分すぎるほどだった。

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