WBC準決勝当日。開催現地との時差から試合は朝8:00から。気持ちのいい朝日とともに目覚め、TVをつけた。
2009年のWBC優勝の瞬間をこの目で見、当時所属していた少年野球チームの皆で喜びあった記憶を懐かしむ。当時は日本代表の選手が印刷されたクリアファイルをマクドナルドで手に入れることができ、誰もが大して使いもしないのにカバンに入れていたものだ。
懐古録はここまでに、今日も米を炊く。それも土鍋。
前回土鍋炊きの作法を話したが、今回は米のアテのみ。今日炊くのは甘さ、粘りの強いと聞くいのちの壱。辛味のアクセントと歯ごたえある食感で合わせよう。
作るのはエビチリ。ニンニク、鷹の爪を微塵切りにしてごま油で炒め、それらが踊り出せば酒とすり下ろし生姜で下味をつけたエビを入れる。後に加えるソースによく絡むように片栗粉をまぶしておく。
火が通ってきたらケチャップや鶏ガラ、片栗粉に醤油ごま油酒などを混ぜた合わせ調味料を入れ、とろみを確認して仕上げに微塵切りにしたネギを加えエビチリの完成。今年のテーマを料理と酒にして気づいたが、有名な料理ほど意外と簡単に作れたりする。味もさることながら、その作りやすさも永く広く普及する所以か。少し味見して、豆板醤を加え和えた。
ちょうどエビチリが完成した頃、キッチンを支配する甘い空気に驚いた。明らかにいつもの米とは違う強い香り。炊き上げの段階でこの強さの甘みを感じることができるなら、口に入れた時には一体、と素早く茶碗によそう。
食卓に着くと試合は中盤、日本は序盤のメキシコリードに吉田のホームランで追いついていた。しかしその興奮も薄れるほどに、いのちの壱は鼻腔を刺激していた。
この刺激の正体を早く、と急いでいただきますを済ませ口に運ぶ。しかし待っていたのは粘り気と上品なコク。美味しいと素直に思ったが、甘い香りの出どころを見つけ出せず、次は大きな塊で口に放り込んだ。突如ガツンと強い甘みが鼻を抜ける。口に入れる量で味わいが変わる風変わりな米に感心しつつ、あの強い甘みを求めてまた大きな塊で口に入れた。困ったもので、これだとすぐ米がなくなる。しかし、止まらない。どうしてもあの甘みが欲しくて、大きな塊で入れることしかできなくなってしまっている。
ここで大きな歓声が起こった。メキシコに勝ち越し点を入れられたのだ。試合も終盤、8回にまた差をつけられ、負けムードが漂っていた。
ただ、皮肉なことに、この勝ち越し点によって自分はいのちの壱の甘みから解放された。
せっかく用意したのだからとエビチリを口に運び、米を追加する。思った通り、米の粘り気にエビの食感がよく合う。かと思えばネギと鷹の爪、豆板醤のピリッとする辛味が甘みを欲しさせ、また米を口に運ばせた。ここまで大口で米を貪ったのはいつぶりか。
そうだ、せっかく口に入れる量で味わいが変わるのだから今度は少なめでと、少量の米を口に入れ、コクと粘り気を感じているところにエビチリを入れる。コクとエビチリの塩味、粘り気とエビの食感の混淆を楽しんだあと、今度は大きな塊の米を口に入れる。辛味を強い甘みが隠したかと思うと、また少し辛味が顔を覗かせる。自身の創意を誇らしく思って悦に入り、これが本当のライスバーガーか、などつまらない冗談さえ楽しめるほど機嫌がよくなっていた。
このいのちの壱は、当時岐阜県下呂市萩原町で米を育てていた今井隆さんが、稲の生育を確認するためいつものようにコシヒカリの田んぼの見回りをしていた際に発見された品種だそう。コシヒカリから飛び出たひときわ背の高い、巨大な十数本の穂は天からの授かりものだとすら思えた、と彼は語った。いのちの壱は遺伝子操作や人工交配等の人為的行為をせずに誕生した稲であり、しかもコシヒカリの中から見つけられたのにも関わらず、その遺伝子がほとんど見られないらしく、そう思うのも至極当然だろう。
美味しい理由はまだある。というより、美味しくて当然だというべきか。今し方食べたいのちの壱は、昭和天皇穀物献上農家である青木功樹さんによって育てられたもの。まほろばの里/山形置賜平野南陽市で代々米作りをする篤農家で、お米界の”七人の侍”と呼び声高い山形七福の会メンバーである彼に見初められたいのちの壱もさることながら、やはりそれをここまでの品質で提供できる彼の力行に感服する。この山形七福の会はメンバー全員が「全国米・食味分析鑑定コンクール」で数々の賞を受賞した経歴の持ち主。彼の育てる米に間違いはない。
気づけば、2009年のイチローさながら、村神様により日本に勝利が授けられていた。しかし忘れてはならない。選手の活躍の裏にある、それを支え育てる監督の苦悩のほどを。
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