初夏並みの陽気が続いていた昨日までとは打って代わって、少し肌寒い朝を迎えた今日、米を炊く。それも土鍋。
東京・靖国神社で過去最早・全国トップでソメイヨシノが開花したとのニュースを片目に、ボウルと米を用意。土鍋炊きでは米をよりふっくら炊き上げるため、火にかける前に浸水させる。浸水時間は”夏は30分冬は1時間”と言われるが、春、それも桜が開花した今日この日は”間をとって45分”に間違いないだろう。
三度四度掬うように優しく米を研ぎ、あらかじめ測っておいた水に浸して待機。少し水気のあるご飯が好きな自分は、気持ち多めに水を入れた。
浸水が終われば土鍋に移し替え火にかける。土鍋の底から火がはみ出る程度の火加減で沸騰するまで待ち、沸騰してきたら弱火に変え15分待機。
さて、この間にご飯のアテを作ろう。米の甘さとコクに合うよう、塩味・旨味の強いアテ。
少し話が逸れるが、自分の今年のテーマは料理と酒。美味しい料理を作り、美味しいお酒を飲み、料理と酒の知識・経験、ひいては造詣を深め”いい大人”への階段に足をかけたい。ちょうど昨日読み始めた漫画「げこの酒道」はお酒が得意でない平凡なサラリーマンがお酒に異様に詳しい女将さんと美味しい飲み方を学んでいくもので、その2話に登場したイカと胡瓜の中華風炒めが、米を研ぐ際脳裏を掠めた。漫画の中ではビールの苦味に合うように提案されたこの料理は、新之助とどんな化学反応を起こすのか。
生姜の千切りと鷹の爪をアクセントに、小麦粉で少しとろみをつけ味付けはシンプルに鶏ガラ、酒と塩胡椒でイカと胡瓜の乱切りを炒り煮。瑣末なこだわりだが、せっかくなので余っていた新潟純米蔵「越乃 雪椿」を使ってみた。新潟の調理場を想起する贅沢な組み合わせに期待が膨らむ。
15分弱火にかけ終われば残す工程は蒸らしのみ。土鍋と聞くとハードルは高く思えたが、案外こんなものかと一息。ネットではそのまま放置するようにと指示されるが、おこん流でタオルをかけて熱・空気を閉じ込め、芯までふっくら炊き上げる。
さあ、長々書いたがいよいよ実食。蒸らしを終えた土鍋の蓋を開けると、蒸気穴から漏れ出し、うっすら空気に紛れていた米の香りが瞬間的に広がる。喉が鳴るとはこのことで、水気を湛える純白の米を茶碗によそい、同時に作っておいたイカと胡瓜の中華風炒めを食卓に運ぶ足取りは早かった。
いただきます、と小さく呟きホカホカに湯気をあげる米をまず一口。口に入れてすぐ一粒一粒の弾力と粘りに唸る。米粒の輪郭をはっきりと感じながら噛み進めると、普段食べる米より口に残ることに気づく。そして残る分、ねっとりとした米粒から甘みが広がる。ガツンとした甘みではないじんわり広がる優しい甘み。そして続け様になんとも表現しがたいコクの応酬。雑味というべきか風味というべきか、とにかく複雑な後味を残して消える。これが癖になり、また口に運ぶ。米のアテがあることも忘れ半分ほど食べてしまったことに気づき、アテに手を伸ばした。イカに胡瓜を乗せ口に入れるとすぐ生姜と鶏ガラの香りが鼻を抜け、火を通した胡瓜の独特な食感とイカのしっかりとした歯ごたえ、それを包み込むもっちりとした米の相性に舌鼓を打つ。少ししょっぱい胡瓜の塩味と米の甘みの調和、その後にじわじわ訪れるイカの旨味と米のコクの相乗。これぞご馳走と言えよう。
ふと新之助ができるまでのご馳走、つまり新之助が大きな粒と輝きを持ち豊かな甘みとコクを獲得するまでの奔走を想起した。新潟の米といえばコシヒカリだが他にもこしいぶきなどすでに美味しく知名度も高い米がありながら新たな品種を開発しようと考えた経緯も気にかかった。
開発秘話と銘打ち調べた結果をまとめるなら、コシヒカリと収穫時期をずらし、それでいて近年の嗜好や食のシーンの多様化に対応した美味しい米を作ることを目指したそう。
日本海と妙高山の間に広がるくびき平野を中心に古くから稲作が行われてきた新潟では米の作付面積でおよそ7割がコシヒカリだが、気象災害などのリスクに弱く収穫作業の集中で生産コストがかさむことが問題視されてきた。そこで中稲とされるコシヒカリより遅い晩生の開発に着手した。
また、多様化するニーズに対応した米の開発も命題とされコシヒカリとは異なる美味しさの追求を志した。「米の食味は、炊飯時の米の輝きと約7割相関する」との研究結果をもとに輝きを指標に500種の交配での20万株から選定。さらに性質を安定させるために育成と食味試験を5年間繰り返しコシヒカリとの比較で食味を磨いた。こうしてこれまでの新潟の品種改良の資産を活かした集大成ともいえる米が誕生したそうだ。
実際、開発途中の平成22(2010)年は大変な猛暑に見舞われコシヒカリなど県産米の品質は著しく。低下したが、「新之助」の品質は落ちることがなく気象リスクに強い美味しい米であることを証明してみせた。
当然土地柄にも美味しさの秘密はある。日本海から吹く風、そして越後富士と称される名峰・妙高山から吹きおろす風が常に空気を動かし入れ替え、冬は雪が汚れた空気を包み込んで綺麗にする。加えて、山々に囲まれた肥沃な大地に冷たいミネラル豊富な雪解け水、昼夜の寒暖差・良質な土壌に恵まれている。
育てたのは先祖代々新潟上越で米作りをしている"花の米"。少し強面のお父さんを中心に奥様、娘さん達、お婿さんが一意専心米作りに励むこの一家で、一際熱意もって取り組んでいるのが"農業女子"の娘さん。彼女に焦点を当てた18分のyoutube動画は、彼女の農業を継ぐに至る葛藤や決意を描き出しており、農家の腐心がこうして”ご馳走”に結実したことになんとも言えぬ高揚を覚えさせた。
厳しい冬を乗り越えた彼女の笑顔に、一足早く満開の桜を見た。